大館の『秋田犬の里』に行って来ました。

 

ふと何を思ったか、子供時代の我が母校はどうなってるかな?という好奇心からその前に保育園〜小学校〜中学校と見に行ったけど、保育園は跡形もなく、小学校は当時の校舎とは別物だけど廃校となって朽ち果て、中学校は移転して今風の綺麗な校舎に変わっていました。やはり「時の流れは容赦無い」ものですね。年取ると人はどうしてこう昔を思い出したり懐かしく思ったりするんでしょうか?ひょっとして私だけでしょうか?『ルーツを辿る』とは少し違うけど、時に感傷的になってこういう思い出の旅巡りをしたくなってしまう私です。

 

⬇︎ 昔はもっと賑わい有ったような気もするけど、連休中の昼下がりのせいかお天気のせいかあるいはコロナ禍のせいなのか、街にも駅にもほとんど人っ子一人見かけず物悲しくなってしまいました。秋田県のここ10年の子供減少率が青森福島?に次いで3番目とか出てたけど、たしかにこういう街並み見てると尚更実感してしまいます。

秋田市も、昔は駅前の金座街や広小路の木ノ内や長崎屋(だったかな?)に連れてってもらうのが嬉しくて嬉しくてたまりませんでしたが、時代の波は無情にも容赦なく襲い掛かり現在に至っています。最近又少し以前より盛り返して来たようにも感じるけど、やはり現状イ◯ンの存在は巨大な感じになっちゃってますよね、、

 

⬇︎ 奥の緩い坂道登って行った所が実家でしたが、今では他の方がお住まいになっています。子供の時は全てが長く広く大きく感じてた物が、大人になってみると「こんな感じだった??」と改めて痛感させられます。

 

⬇︎ 廃校となってしまった小学校。 すみません「閉校」の間違いです。意味がだいぶ違う様で、言葉遣いの選択が間違っておりました。県内のみならず全国的に小中学校の統廃合は行われてるようです。何しろ人口減少は勿論、少子化で根本的に子供が少ないのでやむを得ない事ではあるでしょう。昔は国策(戦時下)で「産めよ増やせよ」なる政策あったらしいけど、今こんな事を政治家が口に出したら炎上大問題間違いなしですが、はたして秋田県ひいては日本の行く末は本当にどうなってしまうんでしょうか。

我々世代は戦争も知らず、良くも悪くもバブル期を経験し、そしておそらくはウクライナ問題の様な悲惨さも温暖化問題の影響も受ける事なく終えるかもしれないけど、残される子供達の未来のために少しでも何とかならないものかと案ずるばかりです。

 

 

 

 

以前取り上げたこちら秋田犬会館(注;画像多し)とは別に、現代的で立派な観光施設が大館市に数年前出来ておりました。今回実は最初からここを目指して行ったわけではなく、母校(高校)を訪れるべく行ったついでに懐かしの大館駅前寄った後偶然発見した施設です。通りからも駐車場の混雑や人混みが分かる位の人気ぶりでした。

 

 

 

⬇︎ 大館駅近くの映画館ですが、ホント懐かしい。何度か観に行ったのは勿論、通学バスの車中からもよく眺めてた気もします。「ひまわり」秋の夜長上映の看板があったのだけは何故か記憶にあります。

 

 

⬇︎ 秋田県民ならおそらく知らない人は居ないであろう、大館の大文字焼きが行われる鳳凰(ほうおう。中国神話の伝説の鳥で霊鳥とされている)山です。この大文字焼き、実は日本各地で行われてるみたいですね。私は京都が有名と思っていたら、『京都には大文字焼きは無い』とも言われている様です。下記内容からなるほどとも思ってしまいます。

 

 

京都の大文字焼きの意味とは?

「大文字焼き」の読み方は「だいもんじやき」です。

毎年8月16日に行われ、「大」という字を松明の炎で描くことで、お盆に帰ってきたご先祖様を再びあの世へ送り出すための送り火の意味があります。ご先祖様を送るために灯す厳か(おごそか)な火であり、宗教行事であることから、京都では「山焼き」ではないことを強調するため「大文字焼き」という表現は不適切とされています。また、1571年に織田信長によって行われた比叡山の焼き討ちを連想するため「焼き」という言葉を使わないともいわれています。(日本文化研究ブログ様より抜粋)

 

 

 

 

 

次回ブログは、「宮城県美術館」の予定です。